店主のことば

「ねずみのこと」って何のこと?

 

 新宿では劇場を盛んに建(つく)っていました。一丁目一番地。

はじめての小径(こみち)を少し入ると、樹樹の中に円い池が静かに水をはっているなんて不思議。帰りに又ここを通ろうっと。・・・・・・・

夕方の御用きき、夜の酒屋の御用きき。青センのど最中不思議。姐さん、姐さん、怪しいな、こわいな、生まれて初めて青センの街(まち)御用きき、人はほとんどいないよ。  青(あを)の街のまん月、そんなの俺が知っているわけないだろう、小さくてまんまるい池が全部まん月なんて。明るすぎる池のほとり、ガラスが破(わ)れて・・・全部まん月なんて、

ぼんぼん!! なにしてるの!!スケベェー ヤーヤーギュウーハハハハーーアタイと遊ぼうよう、 俺、仕事だよ!! 酒の配達しなきゃ!! 

ワレガラス中見えます、すごく明るい姐さん ヌードスタジオ、美しい破れガラス。まん月。  電柱の影で姐さん、弟にお金を渡していたっけ。

 

 ぼんぼん!! 大八車の話いい(OK)、あずかってもらえる?      おじさん何言ってんだか分からないよ、でもよく分かってるよ、幾日行ってるの? 一週間の北海道かあ、飛行機で行くんでしょう。大八車で、戦後(やけあと)で、ずーっと二人で生活してたんでしょう すごいなあー、いつもななめに寝てたんだネェー、初めての二人旅 そうなの、うんとうれしいの、耳のきこえないおじさん五十ぐらいで?! おばさんも同じくらいなの? 最高うれしい・・・・・、俺もうんとうれしいんだよ!! くたびれた背広に、おばさんはスーツだぜ!! なみだが出そうだ、 いってらっしゃい いってらっしゃい、 ぼんぼん、ありがとう!!

 

 あのおっさん、俺に沢山財布みせてくれた 百個以上あるなあー 良さそうなやつ、どれでも俺にくれるんだってさ!    俺、何もして上げられないのに、・・・・・友人(ともだち)なのかも知れないけど。

もう一人のおっさんは名の通った詐欺師なのよって、教えてくれた姐さんがいたっけ、 ぼんぼんのこと友達だって言ってたはよ。

クツみがきのおじさんなんか親戚みたいな感じだったなあー。立ちんぼの姐さんがこのあいだ十個ぐらいリンゴやバナナをぼんぼんにだって、立ちのみのカウンターに置いて行ったっけ、   あの姐(こ)はもう新宿には居ないよって、クツみがきのおじさんが、ちょっと淋しそうに言った、俺も淋しかった!!

 

 ぼんぼん、この白い粉預かってくれネカイ!! クスリの包み開けて見せるんだ、誰にもゆうなよ、ヤクなんだ、誰にも見つからない所にかくしておくよ、絶対だよ!!  たのんだぜ、セカセカ  三十分くらいして、走って来る、やっぱりばれちまったよ、 デカが皆んな持ってこいってよ!

 俺、ぱくられないだろうなあー。

 

 あ・・・あの薄くらがりの仕事人達、 夜の女仕事人さんたち、皆んな良い人ばかり、俺のこと何時も何時も、気をつかってくれて、ドブそうじまでしてくれていたんだ。 俺はあの人達の仲間なんだ、       何があっても味方なんだ。

 

 「こと」 ですか? 言葉のことよ、心のことなのよ、どんなことば並べて「ねずみのこと」や心のことを説明すれば分かってもらえるかしら。

 

 今日もカウンターで 小声でコップ酒のんでる大人の美人 夫婦、すぐに帰ってしまうんだよなあー・・・・・  満州帰りの女(ひと)が言った。 いさむさん、さっきのあの二人何者だかわかる?もう話してもいいと思うんだけど、あの二人すごく仲良しのふつうの夫婦なのよ。だんなが客を見つけて、おくさんが仕事してるの、 若い人には分からないよネー

でもちゃんと仕事しているのよ、もう何年もよ。

 

 私には友人になることも、言葉をかけてくれることもなかったけれど、仲間で味方なんだと思った。

 

 二十歳(ハタチ)の頃のショットバーの名前、「キング・サム」、なんちゃって、  まさかぁ 「ねずみのこと」が本当だろう。

 今でもネズミだろう、外(ほか)に何があるのよ!!  どんなとこにだって仲間は居るさ。 「ねずみのこと」って 何のこと ?

 

新宿・酒屋時代の店主。

(写真:左下)当時十九歳。